
「自分の1ミリ」は、なぜ起こるのでしょうか?
前回の記事では、
「始める前より、少し楽に動けた」
それが「奇跡の自分の1ミリ」
というお話をしました。
身体が硬くなっている人や、長い間痛みや動きにくさを抱えている人にとっては、たった1ミリ、ほんの少し動きやすくなることにも大きな意味があります。
では、ここでひとつ疑問が出てきます。
なぜ、体操や身体の動かし方を少し変えただけで、数分後に身体が柔らかくなることがあるのでしょうか?
「筋肉が伸びたから」と考えたくなりますが、私はそれだけでは説明できないと思っています。
身体の動きには、筋肉だけではなく、脳、神経、関節、呼吸、そして「安心して動ける」という感覚など、さまざまな要素が関係しています。
今回は、この「数分で起こる身体の変化」について考えてみたいと思います。
身体はゴムのように伸びるだけではない
昔から、
「身体が硬いのは筋肉が縮んでいるから」
「だから筋肉を伸ばせば柔らかくなる」
という考え方が広く知られています。
もちろん、ストレッチによって筋肉やその周囲の組織に変化が起こることはあります。
しかし、たとえば前屈をして、最初は指先が床から10センチ離れていた人が、数分間身体を動かしたあとにもう一度前屈すると、床まであと5センチになることがあります。
わずか数分です。
この短い時間で、筋肉そのものが急に5センチ長くなったのでしょうか。
実際には、筋肉や腱の性質だけではなく、身体が「ここまで動いても大丈夫」と感じられる範囲が変化したことも関係していると考えられます。
身体には「ここから先は危ない」というブレーキがある
私たちの身体は、何でも限界まで動けばいいようにはできていません。
身体には、
「ここまでは大丈夫」
「これ以上は危ないかもしれない」
と動きを調整する仕組みがあります。

たとえば前屈をしたとき、太ももの裏が強く突っ張ってくると、私たちは自然に動きを止めます。
これは、単純に「筋肉が短い」というだけではありません。
痛みへの警戒や、これ以上動くことへの不安などによって、身体が無意識に筋肉を緊張させ、動きを抑えている場合もあります。
私は患者さんには、これを分かりやすく、
「身体のブレーキ」
と説明することがあります。
身体が「これなら大丈夫」と感じると、そのブレーキが少しゆるみます。
すると筋肉そのものが大きく変化していなくても、
「さっきより少し動ける」
ということが起こるのです。
これも「自分の1ミリ」が起こる理由のひとつだと思います。
無理に伸ばすより「安心して動ける」こと
ここが、私が30年以上続けてきた操体法ともつながるところです。
操体法では、痛い方向や苦しい方向へ無理に動かすのではなく、
楽な方向
気持ちのよい方向
動きやすい方向
を大切にします。
身体を無理に動かそうとすると、防御反応として、かえって身体が力んでしまうことがあります。
反対に、
「こちらなら楽に動ける」
という方向へ身体を誘導すると、緊張が抜け、動きが変わることがあります。
疲れたとき、私たちは無意識に背伸びをします。
眠っている間には寝返りをします。
朝起きたときにも、自然に身体を伸ばします。
誰かに教えられてやっているわけではありません。
身体自身が、無意識のうちに「楽になる方向」を探しているようにも思えます。
「気持ちよい方向」が分からない人もいる
ただし、ここで私が最近特に感じていることがあります。
高齢の方、長く痛みを抱えている方、病気やケガのあと、身体を長期間あまり動かしていない方などでは、
「どちらが気持ちよいのか分からない」
ということがあります。
一方で、
「こちらは痛い」
「こちらは怖い」
「こちらは動きにくい」
という感覚は分かることがあります。
そのため、私は必ずしも最初から「気持ちよい方向を探してください」と言わなくてもよいのではないか、と考えるようになりました。
まずは、
痛くない方向
怖くない方向
無理なく動ける方向
へ導いてあげる。
そこから身体が少しずつ「安心して動ける」ようになれば、それだけでも変化のきっかけになるのではないでしょうか。
呼吸が変わると、動きも変わる
もうひとつ大切なのが呼吸です。

身体が緊張しているときには、呼吸も浅くなりやすくなります。
反対に、ゆっくり息を吐きながら身体を動かしていると、肩や首まわりの力が抜け、身体全体が動きやすくなることがあります。
私は操体法を行うときにも、呼吸をとても大切にしています。
無理に力で身体を動かすのではなく、呼吸と動きを合わせる。
すると、
「力で動かしている身体」から
「自然に動く身体」へ
少しずつ変わっていくことがあります。
これも、数分で身体の動きが変わる理由のひとつだと考えています。
そして最近注目しているのが「神経の滑り」
もうひとつ、最近私がとても興味を持っているのが、
神経の滑走(神経の滑り)
という考え方です。

神経は、電線のように身体の中に完全に固定されているわけではありません。
首、背骨、腕、脚などを動かすと、それに合わせて神経も周囲の組織との間をわずかに滑るように動きます。
この神経の動きがスムーズでないと、私たちが「筋肉が硬い」と感じている中に、神経の動きにくさが関係している場合もあります。
そこで、筋肉を力任せに伸ばすのではなく、
首や手足の位置を少しずつ変えながら、神経を無理なく動かしていく。
すると、身体の動く範囲や動きやすさが変わることがあります。
ここで大切なのは、強く伸ばすことではありません。
「小さく、やさしく動かす」
ことです。
痛みや強いしびれを我慢して行うものではありません。
この神経の滑りという考え方は、これから真向法の4つの体操を考えていくうえでも、とても面白いテーマだと思っています。
「柔らかくなった=筋肉が伸びた」と決めつけない
ここまでのお話をまとめると、数分で身体が柔らかくなったように感じるときには、筋肉だけではなく、さまざまな変化が重なっている可能性があります。
たとえば、
身体の緊張が少なくなった。
「ここまで動いても大丈夫」と感じられた。
呼吸がゆっくりになった。
関節が動きやすくなった。
神経が周囲の組織との間を動きやすくなった。
痛みや動きへの警戒が少なくなった。
こうした変化によって、
「さっきより少し動ける」
ことが起こるのだと思います。
ですから、
「身体が硬いから、とにかく強く伸ばせばよい」
とは限りません。
むしろ大切なのは、
身体が安心して動ける条件をつくること。
私はそこに、身体を変える大きなヒントがあると思っています。
体操の前と後を比べてみてください
そこで、ぜひ試していただきたい簡単な方法があります。
体操や運動を始める前に、まず「今の自分がどこまで動けるか」を確認してください。
前屈でもかまいません。
腕を上げる動きでもかまいません。
左右を振り向く動きでもかまいません。
真向法でもかまいません。
そして数分間身体を動かしたあと、もう一度同じ動きをしてみます。
大切なのは、他人と比べないことです。
床に手が届く必要もありません。
180度開脚する必要もありません。
始める前の自分より、ほんの少し楽に動けた。
それで十分です。
奇跡は「自分の1ミリ」から始まる
以前、治療家の先輩から言われた言葉があります。
慢性疾患で長い間苦しんでいる人にとって、可動域がたった1ミリ変わることが、どれほど大きな意味を持つか想像できるか。
この言葉を、私は今でも覚えています。
若く健康なときには、1ミリの変化など気にも留めないかもしれません。
しかし、身体が思うように動かなくなった人にとっては、
腕が少し上がる。
一歩が少し出やすくなる。
靴下が少し履きやすくなる。
寝返りが少し楽になる。
その小さな変化が、毎日の生活を変えていくことがあります。
だから私は、
「奇跡の1ミリ」ではなく、
「奇跡の自分の1ミリ」
を大切にしたいと思っています。
他人の柔らかさを目指す必要はありません。
昨日の自分より、今日の自分がほんの少し楽に動く。
身体づくりは、その小さな変化から始まります。
次回は「筋肉を伸ばす」と「神経を滑らせる」の違いへ
今回のお話では、数分で身体の動きが変わる理由を、筋肉だけではなく、身体の防御反応、安心感、呼吸、神経の働きなどから考えてみました。
次回は、もう一歩進めて、
「筋肉を伸ばすこと」と
「神経を滑らせること」は何が違うのか?
を考えてみたいと思います。
そして、これを真向法の4つの体操にどう応用できるのかも、少しずつ掘り下げていきます。
今日のひとこと
身体を変えるために、大きな変化はいりません。
少し楽。
少し動く。
少し怖くない。
その「自分の1ミリ」を、ぜひ見つけてみてください。































