
前編では、私たちは「重力の中」に生きており、鮭のように抗う力と、ワカメのようにしなやかに受ける力の両方が大切だ、ということを書きました。
後編では、その考えをさらに進めて、身体を固めるのではなく、揺れながら戻れる身体とはどういうことなのか。
そして、それが背骨・関節・操体法とどうつながっているのかを考えてみたいと思います。
力むほど、かえって動きにくくなる
年齢を重ねると、転ばないように、痛めないようにと、無意識に身体へ力を入れてしまうことがあります。
もちろん、身体を支えるための筋力は必要です。
しかし、必要以上に力んでしまうと、身体はかえって動きにくくなります。
肩に力が入る。
腰を固める。
膝を突っ張る。
呼吸が浅くなる。
こうなると、身体は一見「安定」しているように見えても、実際には変化に対応しにくい状態になります。
少しつまずいたとき。
足元の状態が変わったとき。
急に向きを変えたとき。
段差を上り下りするとき。
そんな場面で必要なのは、ガチガチに固まった身体ではなく、変化に合わせて自然に調整できる身体です。
つまり大切なのは、必要なときには支え、必要のない力は抜けることだと思います。

背骨は、一本の硬い柱ではない
私たち夫婦は長生学園で学び、長生医学の考え方にも大きな影響を受けてきました。
その中でも私が大切にしているのが、背骨の弾力という考え方です。
背骨は、ただまっすぐで硬ければよいわけではありません。
もし背骨が一本の鉄の棒のように硬くなってしまったら、見た目には安定しているようでも、歩いたときや動いたときの衝撃をうまく受け流せなくなります。
私たちの身体は、立っているだけでも完全に静止しているわけではありません。
実際には、わずかに前後・左右へ揺れながら、無意識にバランスを調整しています。
背骨もまた、その小さな揺れを受け止めながら、全身をつないでいます。
つまり大切なのは、単に「まっすぐな背骨」ではなく、しなることができ、そして元へ戻ることができる背骨なのだと思います。
鮭が流れに逆らって進むときも、身体を一本の棒のように固めているわけではありません。
全身をしなやかに連動させながら前へ進んでいます。
ワカメも、流れに対して無理に抵抗するのではなく、揺れながら形を保っています。
私たちの背骨にも、そんな「しなやかな強さ」が必要なのではないでしょうか。

関節と背骨は、全身でつながっている
私は身体を見るときに、背骨だけではなく、肩関節や股関節を中心とした大きな関節の動きも大切にしています。
たとえば肩関節や股関節が十分に動かなくなると、その分を首や腰、膝などが無理に補おうとします。
本来動くべきところが動かないと、別の場所へ負担が集まりやすくなるからです。
股関節が硬くなると、腰が頑張りすぎる。
肩が上がりにくくなると、首や背中が無理をする。
膝の動きが悪くなると、立ち方や歩き方にも影響する。
こうして考えると、身体は部分ごとに別々に働いているのではなく、全体がつながりながら動いていることがわかります。
肩関節・股関節を中心とした大きな関節、膝、そして背骨。
それぞれが無理なく動くことで、全身の力を分散しながら、立つ・歩く・腕を上げるといった動作が行いやすくなります。
大切なのは、身体を決められた「正しい形」に無理にそろえることではありません。
全身が無理なく連動できる状態を取り戻すことだと私は考えています。

操体法は、楽な方向から身体を整える
この考え方は、私が長年続けてきた操体法にも通じています。
操体法では、痛い方向へ無理に動かしたり、苦しい方向へ力ずくで矯正したりすることを目的にはしません。
身体が、
「こちらの方が楽だ」
「こちらの方が気持ちよい」
「こちらなら呼吸がしやすい」
と感じる方向を探していきます。
そして、楽な方向へゆっくり動き、身体の感覚を味わいながら、不要な力を抜いていきます。
これは、鮭のように力だけで押し切るのでもなく、ワカメのようにただ流されるだけでもありません。
そのときの身体に合った力の使い方を探していくということです。
身体は、気持ちよさや呼吸のしやすさを通して、「こちらの方が無理がありません」と教えてくれることがあります。
操体法では、その身体からの情報を手がかりにしていきます。
私が操体法を続けてきて感じる魅力は、単に身体を柔らかくすることではなく、その人自身がもっている自然な調整力を邪魔しないことにあります。

重力に逆らうのではなく、重力を利用する
ここまで考えてくると、私たちの身体にとって本当に大切なのは、重力に勝つことではなく、重力とうまく付き合うことなのだと思えてきます。
私たちは、重力のない場所では暮らしていません。
立つ。
歩く。
座る。
寝返りを打つ。
腕を上げる。
すべて重力の中で行っています。
だからこそ、重力を敵にするのではなく、地面から身体を支えてもらいながら、その力を利用することも大切です。
足の裏で地面を感じる。
必要なところでは筋肉が働く。
必要のないところでは力を抜く。
少し揺れても、また戻る。
そうした身体の方が、重力の中で無理なく動き続けやすいのではないでしょうか。
鮭の強さは、流れの中を前へ進む力。
ワカメの強さは、流れを受け止めながら、しなやかに揺れる力。
一見すると正反対ですが、私たちの身体には、その両方が必要なのだと思います。
強さとは「固さ」ではない
若い頃は、強い身体というと「筋肉が強い」「力がある」と考えがちでした。
もちろん、それも大切な強さです。
しかし年齢を重ねるにつれて、私はそれだけではないと感じるようになりました。
強さとは、固まることではなく、変化に対応できること。
揺れないことではなく、揺れても戻れること。
力を入れ続けることではなく、必要なときに力を出し、必要のないときには抜けること。
そう考えると、鮭の力強さとワカメのしなやかさは、決して反対のものではありません。
どちらも、生きていくために必要な「強さ」なのだと思います。
一生動ける身体を考える
私たちは一生、重力の中で生活していきます。
だから身体に必要なのは、ただ筋力をつけることだけでも、ただ柔らかくすることだけでもありません。
支える力と、しなやかに受ける力。
前へ進む力と、揺れながら戻る力。
その両方を保つことが、年齢を重ねても動き続けられる身体につながっていくのではないでしょうか。
祐気堂では、こうした考え方を大切にしながら、操体法や温熱療法、マッサージを組み合わせ、身体が本来もっている自然な動きを引き出すことを目指しています。
身体が重い。
以前より動きにくくなった。
立っているだけでも疲れる。
バランスが取りにくくなってきた。
そんなとき、「筋力が足りないから」とだけ考えるのではなく、
身体を固めすぎていないだろうか。
背骨や関節は、しなやかに動いているだろうか。
必要のない力まで入れていないだろうか。
そんな視点から、自分の身体を見直してみるのもよいと思います。
鮭の強さと、ワカメの強さ。
その両方を身体の中に持ちながら、重力の中で、一生動ける身体を目指していきたいものです。































