鮭の強さ、ワカメの強さ―重力の中で一生動ける身体を考える【前編】
重力に抗う鮭の強さと、流れにしなやかに身を任せるワカメの強さ。その両方から、生命力と身体のあり方を考えます。

最近、年齢を重ねるにつれて、以前よりも身体の重さを感じるようになりました。

椅子から立ち上がる。
階段を上る。
長く歩く。
腕を上げる。

若い頃には何でもなかった動作でも、少しずつ「重力が重くなった」ように感じることがあります。

もちろん、地球の重力そのものが強くなったわけではありません。

変わってきたのは、私たちの身体のほうです。

そこで、昔学んだ身体についての考え方を思い出すようになりました。

私たちは「重力の中」に生きている

若い頃、私は野口体操を学んだことがあります。

そこで印象に残ったのが、

「私たちは重力の中に生きている」

という身体の捉え方でした。

立っているときも、歩いているときも、寝ているときも、私たちは一瞬たりとも重力から離れることはできません。

重力は、いつも身体を下へ引いています。

しかし野口体操では、重力を単なる「敵」とは考えません。

身体の重さを感じる。
余分な力を抜く。
少し揺れてみる。
腕の重さを感じる。
足の裏に体重を預ける。

そうすることで、身体が無理なく立てる場所を探していきます。

私は今になって、

「重力に逆らうだけではなく、重力を利用する」

という考え方の大切さを感じています。

重力の中で立つ身体とバランスの仕組み
私たちは重力に引かれながら、地面に支えられ、わずかに揺れながらバランスを取って生きています。

鮭が川を上る姿

もう一つ思い出したのが、昔読んだ『構造医学』の話です。

鮭は産卵のために、川の流れに逆らって上流へ向かいます。

川の水は、高いところから低いところへ流れます。

その流れの中で、鮭は上へ進み、生命を次の世代へつないでいきます。

その姿を見て、私は長い間、

「重力に逆らう力こそ生命力なのだ」

と受け止めていました。

流されずに進む。
止まらずに進む。
上へ向かう。

川の流れに逆らって上流へ遡上する鮭
流れに抗い、上へ向かう鮭。その姿には、重力の中で生きようとする生命の力を感じます。

そこには、確かな生命の強さがあります。

人間も同じです。

赤ちゃんは寝た状態から、やがて頭を持ち上げ、座り、立ち上がり、歩き始めます。

下へ引く重力の中で、身体を起こしていく。

これはまさに、生きる力そのものではないでしょうか。

年を取ると、なぜ身体が「重く」なるのか

年齢を重ねると、身体にはさまざまな変化が起こります。

背中が丸くなる。
頭が前に出る。
膝や股関節が少し曲がる。
歩幅が小さくなる。
立ち上がるのに力が必要になる。
腕が上がりにくくなる。

身体が少しずつ、重力の方向へ沈みやすくなるとも考えられます。

原因は単純な筋力低下だけではありません。

筋力、関節の動き、背骨の柔軟性、バランス感覚、足の裏の感覚、身体が傾いたときに立て直す反応。

こうした働きが複雑に関係しています。

だから私は最近、

老化とは、重力の中で身体を支え、動かし、立て直す力が少しずつ弱くなっていくこと

とも考えるようになりました。

では、重力に「勝てば」よいのでしょうか

ここで、一つ疑問が出てきます。

重力に負けないように、もっと筋肉をつければよい。
もっと胸を張ればよい。
もっと力を入れて姿勢を支えればよい。

本当にそれだけでよいのでしょうか。

人間は一日中、身体に力を入れて生きることはできません。

ずっと力んでいれば疲れてしまいます。

肩が上がり、呼吸も浅くなり、身体はかえって硬くなってしまいます。

そこで思い出したのが、

「ワカメのような身体」

です。

ワカメは波と喧嘩をしない

海の中のワカメを想像してみてください。

波が右から来れば右へ揺れる。
左から来れば左へ揺れる。

大きな波が来ても、正面から力比べをしません。

しなやかに曲がり、力を受け流し、また戻ってきます。

海の流れにしなやかに揺れるワカメ
ワカメは流れに逆らわず、しなやかに受け流します。それでも根元はしっかりと残っています。

これも、立派な強さではないでしょうか。

鮭の強さは、

流れに抗って上へ進む強さ。

ワカメの強さは、

流れを受け入れ、しなやかに生き延びる強さ。

人間の身体にも、この両方が必要なのではないかと思います。

鮭の力と、ワカメの力

椅子から立ち上がる。
階段を上る。
歩く。
自分の身体を支える。

これは「鮭の力」です。

一方で、

身体を固めすぎない。
必要のない力を抜く。
外からの力を受け流す。
揺れながらバランスを取る。

これは「ワカメの力」です。

人間の身体は、この二つを使い分けています。

歩くとき、脚は地面を押します。

その一方で、腕は自然に振られ、身体は少し左右に揺れます。

その揺れを無意識に修正しながら、私たちは前へ進んでいます。

つまり、

力を出すことと、力を抜くこと。

その両方が必要なのです。

身体は「揺れながら」立っている

私たちは、立っているとき完全に静止しているわけではありません。

ほんのわずかに、
前へ。
後ろへ。
右へ。
左へ。

揺れています。

そして身体は無意識のうちに、傾きや行き過ぎを感じ取りながら、細かく姿勢を修正しています。

だから健康な身体とは、まったく揺れない身体ではありません。

私はむしろ、

「揺れても戻れる身体」

が大切だと思っています。

身体が前後左右にわずかに揺れながらバランスを取る仕組み
身体は完全に静止しているのではなく、わずかに揺れながら無意識にバランスを調整しています。

これは年齢を重ねるほど重要になります。

つまずいたとき。
足元が少し滑ったとき。
方向を変えたとき。

そこで、

「おっと」

と身体を立て直せる。

この「戻る力」も、重力の中で生きるために欠かせない力です。

操体法にも通じる考え方

私は長年、操体法を施術に取り入れてきました。

操体法では、身体を無理やり正しい形にしようとはしません。

「どちらへ動くと楽か」
「どちらが気持ちよいか」

身体の感覚を確かめながら、楽な方向へ動いていきます。

これも、

身体を頭で支配しすぎない

という考え方につながっているように思います。

身体には、頭で考えるより先に反応している部分があります。

少し傾けば戻ろうとする。
疲れれば姿勢を変える。
気持ちよい方向へ伸びたくなる。

こうした自然な働きを邪魔しないことも、重力と調和するためには大切なのではないでしょうか。

背骨は「硬い柱」ではない

私たち夫婦は長生学園で学び、長年、身体を診てきました。

その中で大切にしているのが、

背骨の弾力

です。

背骨は、鉄の棒のように真っすぐ固まっているものではありません。

歩けば動く。
呼吸でも動く。
身体をひねればねじれる。

前後左右にしなりながら、身体の中心を支えています。

だから、

重力に負けない身体 = 硬い身体

ではありません。

むしろ、

必要なときには支え、必要なときにはしなる。

前後左右やねじりにしなやかに動く背骨
背骨は身体を支える「硬い柱」ではなく、前後左右に動き、ねじれながら重力を受け止める「しなる軸」です。

そんな身体のほうが、重力と上手につき合えるのではないでしょうか。

重力に「抗う」だけでは足りない

ここまで考えてくると、生命力とは単純に

「重力に逆らう力」

だけではないように思えてきます。

鮭のように上へ向かう力。
ワカメのようにしなやかに揺れる力。
そして、崩れてもまた戻る力。

そのすべてが必要です。

だから私は今、

生命力とは、重力に抗いながら、重力と調和して生き続ける力ではないか

と考えています。

私たちは、重力の中で一生を過ごす

重力から逃げることはできません。

それは誰にとっても同じです。

若い人も。
高齢者も。
元気な人も。
身体が弱ってきた人も。

私たちは一生、重力の中で生きています。

だからこそ大切なのは、重力と戦い続けることでも、重力に負けてしまうことでもありません。


鮭のように進み、
ワカメのようにしなやかに揺れ、
崩れても戻ること。

それが、重力とうまく付き合いながら生きるということではないでしょうか。

では実際に、年齢を重ねても重力と調和しながら、自分の足で立ち、歩き、身体を動かし続けるためには、何をすればよいのでしょうか。

後編では、

「鮭の力・ワカメの力・戻る力・動き続ける力」

という4つの視点から、毎日の生活の中でできることを具体的に考えてみたいと思います。

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